「我が体に眠りし熱き魔力よ、真空と交わり形となれ!エアスラッシュ!!」
「ぽしゅ…」
「あうーっ、上手くできな〜い」
 カーレの元に預かりの身となったマコトは、暇を見つけてはアユの所に遊びに来ていた。家の相続によるゴタゴタに嫌気が指して家出したマコトであったが、自分と同じ裕福な家庭に生まれながらも貧困の中に生き続けなくてはならないアユを見て、自分は恵まれているのだとの自覚に至った。また、そんな貧困の中でも必死に生きようとしているアユに自分にはない強さを感じ、憧れの念から次第にアユに親しみを持つようになっていた。
「我が体に眠りし熱き魔力よ、真空と交わり形となれ!エアスラッシュ!!」
「ボシュ!」
「わぁ〜。すごいすごい!」
 上手く術を唱えられない自分と違い、見事朱鳥術エアスラッシュを唱えたアユを、マコトは羨望の眼差しで見つめた。
 ユウイチと再会してからのアユは、元気になったらユウイチの役に立ちたいと、身体の調子の良い時を見計らってキルヒアイスに術を教えられていた。そんなアユを見てマコトもアユと共に術を習い始めるようになったのだった。
「ねえ、キルヒアイスさん。どうすれば術を上手く唱えられるようになるの?」
「いいですか、マコト様。術というのは天地の力を借りてはいるものの、上手く使いこなすのには人間の技量というのが関わって来ます。
 では技量を高めるにはどうすれば良いか?それは上手く唱えられるようになりたいと強く思うことです。その強い思いが魔力を刺激し、自ずと術の技量が高まって行くのです」
 どうすれば術を上手く唱えられるかと訊ねてくるマコトに対し、キルヒアイスは優しく指導した。この世界に存在する術法は天の力を借りる太陽、月の術と、地の力を借りる蒼龍、朱鳥、白虎、玄武に大別されるが、どの術法も唱える人間の技量によって術の威力に違いが生じるのには変わりがない。
「ふ〜ん、上手く唱えられるようにって、強く思うことかぁ…」
 キルヒアイスの指導に、マコトは自分が半ば遊び気分に術を習っていた事を自覚した。そして、自分とそんなに変わらない時期に術を習い始めたアユが自分より術の上達が早いのは、ユウイチに対する強い思いが作用しているのだと感じた。
(それにしても、あんな奴のどこがそんなにいいのかしら?)
 自分を子供扱いする嫌な奴、それがマコトのユウイチに対する第一印象だった。そんな嫌な奴に親しみを寄せるだなんて、マコトには理解出来ない感情だった。
 もっとも、マコトも薄々とユウイチという人間が、本当は優しい人間である事を理解してはいた。アユに対するユウイチの態度は優しさと気遣いに満ち溢れていた。それに自分を子供扱いしたり、フェザーンに同行させなかったのも、自分を心配しての事だと分かりかけてはいた。
 ただ、それを認めるのは何だかユウイチに負けた気分になると思い、マコトはユウイチに対する好意的な感情を表には出さないでいた。
「キルヒアイス殿、ここに居りましたか…」
「ミュラー殿。またラインハルト様の身に何かが…」
「いえ、ラインハルト様ではなくサユリ様の身に…」
 和やかな空気が流れていた場は、ラインハルトの命によりキルヒアイスを訪ねて来たミュラーの言葉により、一瞬にして重い空気が流れる場へと変わった。
「何ですって…サユリ様が行方不明に……」
「はい…。リヒテンラーデに向かう途中、サユリ様の乗った船がモンスターに襲われ、そのまま消息不明に…」
「……」
 ミュラーの言葉を聞き終えたキルヒアイスは、暫く語る言葉を失った。もし自分がサユリ様の護衛をしていたならば守り切れたものを…。
 例え傲慢と言われようと、キルヒアイスは自分がサユリの側に仕えていなかった事を後悔した。
「ジークさん、ボクのことは心配しないでサユリさんを探しに行って下さい…」
「アユ様…!?」
 沈黙を続けるキルヒアイスに対し、アユが言葉を投げ掛けた。
 アユは分かっていた。キルヒアイスがラインハルトに対し公的な忠誠心と私的な友情を抱いているように、また、その妹に対するサユリにも公的な忠誠心と、それを超えたほのかな愛情を抱いている事を。
「キルヒアイスさんがいない間はマコトが面倒見る…って言っても話相手位しかできないけど、でもアユさんに寂しい思いはさせないわよ!」
「マコト様…分かりました……」
 アユとマコトの気遣いにキルヒアイスは頭を深々と下げ、そして消息を絶ったサユリを探す旅へと出立して行った。



SaGa−15「薔薇の騎士ローゼンリッターとの鼠退治」


「ん?村がやけに騒がしいような…」
 再びキドラントの地に足を踏み入れたユキトは、村全体の雰囲気に以前と違った印象を抱いた。以前は村全体が一種の暗さに包まれていたが、今度は一種の焦燥感に包まれているという印象だった。
「やぁ、懲りずにまたこの村を訪れるだなんて、君も変わった人だね」
「コーネフか。数日振りだな」
「ユキト、知り合いか?」
「ああ。この間色々と世話になった。ところで、コーネフ、俺がこの村を経ってから何か変わった事があったのか?」
 村を歩くユキトとジュンの前に、コーネフが姿を現わした。ユキトは知り合いかと訊ねるジュンにコーネフとの関係を簡潔に述べると共に、コーネフから村の現状を聞き出そうとした。
「ああ。君が去った後、薔薇の騎士ローゼンリッター連隊に”鼠退治”を依頼したんだ」
薔薇の騎士ローゼンリッターに?あれだけ拒んでいたというのに、ついに気変わりしたか」
「いや、村人や村長の態度は一向に変わっていないよ」
「なら、何故薔薇の騎士ローゼンリッターに依頼出来たんだ?」
「それは依頼したのが村人や村長じゃなく、僕自身だからさ」
 コーネフの話によれば、ユキトが去った直後、コーネフ自身がユーステルムに赴き、直談判で薔薇の騎士ローゼンリッターに依頼を申し込んだという。そしてつい数時間前に依頼を承諾させ、村へ戻って来たばかりだという。
「しかしアンタ自身が依頼したとなると、どこから依頼料を出したんだ?薔薇の騎士ローゼンリッターに依頼を頼むなんて、個人レベルじゃ到底払えないものだろうし」
「まあね。だから金は後払いさ。これを一つのビジネスとして成立させれば、叔父の商会から資金提供を受けられるからね」
「叔父の商会…。そうか”コーネフ”という名をどこかで耳にしたと思ったら…」
「そういう事。僕は一応コーネフ商会の関係者なんだ」
 コーネフの話によると、コーネフはコーネフ商会の社長であるボリス=コーネフの従兄弟にあたるとのことである。
 そしてコーネフは、商会の仕事でリヒテンラーデからこのキドラント、そしてユーステルム、ランスに至るまでの、コーネフ商会の北方の陸運業に関わり、このキドラントにあるコーネフ商会配下の陸運業者の責任者であるという。
 その責任者としては、”いけにえの穴”騒動がキドラントだけではなく北方の陸運業に支障を来たしている事を無視出来ず、村長に度々薔薇の騎士ローゼンリッターに依頼を申し込む事を訴え続けていたという。
 だが、以前ユキトに話したように村長を含めた村人は財政が破綻する事を恐れ、一向に事態を本気で解決に向かわせようとはせず、村の若い娘をいけにえに捧げ、人身犠牲を前提とした付け刃の対策しか講じていなかった。
「この問題は確かに商会の営業にも支障を来たしているけど、あくまで村の問題だからね。だから本来ならば村で解決するのがいいんだけど、今のままじゃ村人全員を生贄にでも差し出さない限り本気で解決しそうにないしね。
 けど、このまま静観を続けているだけじゃ事態は解決に向かわないのは火を見るより明らかだし、商会の利益も下がってしまう。だから仕方なしに商会の力で強行的に解決に持ってこうとしたのさ」
「成程な。ところで依頼で村に来た薔薇の騎士ローゼンリッターは何人位なんだ」
「そうだね。”いけにえの穴”は集団戦法に適した場ではないから、せいぜい十人前後という所だね」
「十人前後か。微妙な所だな…」
 実際鼠の集団を対峙したユキトに言わせれば、あの鼠は小さいとはいえ人間で言えばそれこそ一個連隊に値する極めて統率力に優れた軍隊である。いくら精強な薔薇の騎士ローゼンリッターとはいえ、十人前後では勝率が難しいだろうというのがユキトの見解だった。
(だが、これがあれば十人前後でも何とかなるな…)
 裏葉から貰い受けたねこいらずを取り出し、ユキトは思った。相手は統率が取れているとはいえ所詮は鼠、裏葉さんの言葉通り本当にねこいらずが効くなら十人前後でも何とか勝てる筈だと。
「よし、”いけにえの穴”に向かうぞジュン!」
「おう!」
「へぇ、一度敗退したっていうのにまた向かって行くなんて…。その顔だと何か対策を練って来たようだけど、その辺りは流石は”トルネード”と呼ばれる男という所だね」
「まあな。俺は旅の過程で強い者になると心に誓った。だから鼠如きに負けたままにしていく訳には行かないんだよ!」
 鼠如きに負ける程度の力では、例えミスズを見つけ出したとしても守り切る事は出来ない。そう思うからこそ、一度は死ぬ目にあったのにも関わらず、再び鼠と対峙する事に躊躇いを感じないのであった。
「じゃあな、コーネフ。薔薇の騎士ローゼンリッターと協力して鼠を退治してくるから、それまでコーヒーでも温めて待っていてくれ」
 今度は絶対に負けはしないという意気込みを持ち、ユキトはジュンと共に再度”いけにえの穴”へと向かって行った。



「ん?あれは…」
 ”いけにえの穴”に向かった二人の前に、穴の前でうずくまっている数人の男の姿があった。
「おい、どうしたんだ?」
「いや…”いけにえの穴”の怪物を鼠だと侮ってたら酷い目に遭って、一時退却して来た所だ…」
 その男達に近付きユキトが問い掛けると、一人の男が答えた。男の話を聞く限り、彼等が薔薇の騎士ローゼンリッターであり、更には彼等が鼠の群れに敗退したのが分かる。
「成程、どうやら俺の危惧は的を獲ていたようだな…。とろこで、この部隊の責任者は何処にいる?」
「それは私だ。ライナー=ブルームハルトという。今回の”いけにえの穴鼠騒動”解決の戦闘指揮を任されている」
 作戦の責任者を呼ぶユキトの声に、ブルームハルトという名の男が名乗り上げた。詳しく話を聞くと、今回の事件は連隊全てを動員する程の事でもないだろうとの連隊長であるシェーンコップの判断から、連隊の一小隊のみが派遣されたという。
「しかし、連隊長も私も事を甘く見過ぎていたようだ。薔薇の騎士ローゼンリッターともあろう者が情けないものだ…」
「仕方ないだろう。あいつ等の数は人間でいえば一個連隊に値する。大きさの違いはあれ明確な作戦を持たなければ小隊クラスでは勝ち目がないだろう」
「まったくだ。鼠退治などに作戦など必要ないというのがそもそもの誤りだったよ。しかし君のその言分だと、まるで以前に奴等と戦ったみたいだな?」
「ああ。この間戦って見事に負けてしまった。それで今回はその雪辱戦を挑みに来た。無論対策を立ててな」
 そう言い終えると、ユキトはブルームハルトの前に裏葉から頂いたねこいらずが入った袋を翳した。
「その袋の中身は…?」
「ねこいらずだ。これはねこいらずを頂いた人の受け売りだが、古来より鼠を退治する時はねこいらずと相場が決まっている」
「ねこいらずか…。効き目があるかどうかは疑わしいが、力任せに攻めるよりはまだマシか…」
 ユキトの翳したねこいらずに半信半疑ながらも、ブルームハルトは現状ではそれに頼るのが一番の良策だと理解した。
「ところで君の名は?」
「トルネードと言えば大体の想像は付くだろう」
「トルネード、君があの…。では済まないが君の力を我々に貸して欲しい」
「別に構わないぜ」
 ねこいらずという必殺武器を持っているとはいえ、ジュンと自分だけでは少々力不足だとユキトは思っていた。そういう訳でユキトは、薔薇の騎士ローゼンリッターが鼠退治に向かっていたと聞いた時から彼等と協力する事を構想していた。
「恩に着る。ではこれより再び”いけにえの穴鼠騒動”の任を開始する!」
 ブルームハルトの一言により、薔薇の騎士ローゼンリッターとユキト達はいけにえの穴へと進行して行った。



「そういえばトルネードといえば、報酬がなければ仕事はしないという話だが」
 ”いけにえの穴を進む中、ブルームハルトが思い出した様にユキトに訊ねた。
「まあな。だが、今回は頼まれなくともこちらから協力を呼び掛けただろうから、別に報酬なんぞいらないさ」
 今回のは元々雪辱戦であるし、当初から薔薇の騎士ローゼンリッターとは目的が一致していた。そういった理由から、依頼を受ける時はいつも金銭を要求するユキトであったが、今回は特に要求をしなかった。
「ガサガサガサガサガサ……!!」
「どうやらおいでなすったようだな…」
 軽い会釈を交わしている中、突如として数千匹に値する鼠が移動する音が穴の中に木霊した。
「チュチュチュ!チュチュチュ!チュチュチュ!!」
「今だ!」
 鼠共が一斉に襲い掛かってくる瞬間、ユキトは手に持っていたねこいらずを鼠の群れに向かって投げ付けた!
「ジュア〜〜!」
 ねこいらずをその小さい身体に浴びた鼠共は一斉に苦しみ出した。
「チュチュチュ!チュチュチュ!チュチュチュ!!」
 多くの鼠が苦し悶える中、割と軽傷な鼠共は果敢にもユキト達に向かって行った!
「未だ数は健在とは言え、弱まっている内に一気に叩くぞ!」
 ブルームハルトの掛声により、薔薇の騎士ローゼンリッターは素早い連携技で鼠共を一掃し始めた。当初は油断し大敗を喫した薔薇の騎士ローゼンリッターの面々であったが、慢心の心を捨て去りツヴァイハンターを構える薔薇の騎士ローゼンリッターは噂通りの強さを発揮し、鼠共は次々と躯を重ねて行った。
「ジュン!俺達も負けずに行くぞ!」
「おう!」
 薔薇の騎士ローゼンリッターに負けじとユキトとジュンも鼠の群れに斬り掛かった!
 数で圧倒している鼠の群れとはいえ、ねこいらずにより苦しんでいる群れは烏合の衆と化し、最早ユキト達の敵ではなかった。
「チュチュチュ!」
「この機敏な動作…!地を這う棘よ、その切っ先にてかの者等の動きを封じん!ソーンバインド!!」
 立ち向かって来る鼠達の中に一匹だけ突出して機敏な動きをする鼠がいる事を、ユキトは見逃さなかった。コイツが裏葉さんの言ったアルジャーノンに違いないと思ったユキトは、咄嗟に蒼龍術ソーンバインドを唱え、アルジャーノンの動きを封じた。
「ふう、あらかた片付いたな。ん?ユキト、その鼠は?」
 時間が経つに連れねこいらずの効果は鼠共の体力を確実に奪い、多くの鼠共は立ち向かう時間を与えられぬまま死骸へと姿を変えて行った。果敢に立ち向かって来た鼠共も退治されるかねこいらずの効果により、その殆どが生命活動を停止した。
 鼠退治がほぼ完了した事に胸を撫で下ろしたジュンは、ユキトにより捕まえられていた鼠が気に掛かり声を掛けた。
「ああ、この鼠が今回の首謀者らしい」
「首謀者?」
 首を傾げるジュンに対し、ユキトはアルジャーノンの話をした。ねこいらずを貰い受けた裏葉の元から逃げた賢い鼠の話を。
「成程。つまりそのアルジャーノンが人間に恨みでも持って今回の騒動を起こしたってことか」
「そんな所だろう。ある一人の人間のエゴイズムによって生み出されたんだ、コイツにして見れば人間は恨んでも恨み切れないんだろうな。だが…」
 どんな動機があれ、自分達の種の生命を脅かすのであれば、その存在は退治しなければならない。それがモンスターや人間、動物等に共通する暗黙のルールなのだ。
 確かにアルジャーノンは人間のエゴイズムによって生み出された哀しき鼠だ。だが、人間に危害を加えた時点で同情する余地は一片足りとも残ってはいない。あとは暗黙のルールに従って退治するのみだとユキトは思った。
「さあ、せめてもの情けだ、一糸報いて見ろ!」
 せめてもの情けに果敢に立ち向かう機会を与えてやろうと思い、ユキトは捕まえたアルジャーノンを手放した。
「チュア〜〜!」
 解き放たれたアルジャーノンは恨みのすべてを向けるかの様にユキトに飛び掛かった!
「デミルーン!!」
「シュ、スパッ!」
 果敢に立ち向かって来たアルジャーノンを、ユキトは三日月刀を振り翳し正確に真っ二つに斬り裂いた。
 こうして一連の鼠騒動は終わりを告げた。
「ふう、これで任務は完了だな。しかしトルネード殿、君の助けがなかったら我々薔薇の騎士ローゼンリッターと言えども鼠達を退治することは出来なかった。それで我々の方から進んで何かお礼をさせてもらいたいんだが、何か希望はあるかね?」
「そうだな…。報酬の半分を貰いたいと言いたい所だが、今回は金をせびるつもりはない。とりあえずお前達の連隊長に会わせてもらえればそれで充分だ」
「シェーンコップ連隊長にか。お安いご用だ」
 シェーンコップに会いたいというユキトの希望をブルームハルトはあっさりと承諾した。
 その後ユキトとジュンは薔薇の騎士ローゼンリッターと行動を共にし、キドラントの村長やコーネフ等に鼠退治が完了した事を告げたりし、そしてユーステルムへと向かって行った。



「えっ!?それは本当ですか?」
「ああ。この間の君の活躍を聞いて、余所者に助けられちゃフェザーン商人の名が廃るっていう感じにね、ルビンスキー商会に対抗する勇気が出て来たというか」
「ありがとうございます」
 約束の日に再びフェザーンの陸運業者に向かうと、ユウイチの取引に応じるという応えが返って来た。どうやらこの間のミステリアス=ジャムと共にユウイチがルビンスキー商会の手先と戦ったのが、他のフェザーン商人に刺激を与えたらしい。
 それにより、数日前は首を縦に振るのを拱いていた陸運業者は、今度はあっさりと首を縦に振った。
「それで早速一仕事をしてもらいたい。あの出来事以来私の所にも配達の頼みが来るようになったのだが、その荷物をランスまで運んで欲しい。実は最近ランスを中心とした区域に野盗が出没するようになって、陸運に支障を来しているんだ」
 その陸運業者の詳しい話に寄ると、ルビンスキー商会は対盗賊に優れた輸送隊を有しており、今まで一度も盗賊に配達物を盗まれた事がないという。それが陸運がルビンスキー商会に独占されるようになった理由の一つだという。
「残念ながら我々は強力な輸送隊を有してはいない。そこで多少は腕の立つ君に任せたいと思っているんだが」
「分かりました。その仕事謹んでお引き受け致します」
「そうか、それはありがたい。では明日の明朝にまで準備を整えてまた私の所に来てくれ」
「分かりました。では明日の明朝またお伺い致します」
 陸運業者の人に深々と頭を下げ、ユウイチは意気揚揚とアキコの経営する酒場へと戻って行った。
「お帰りなさいユウイチさん。結果はどうでしたか?」
「ええ。何とか取引を成功させましたよ」
 酒場へと帰り、カウンターから声を掛けて来るアキコに、ユウイチは取引が成功した事を告げた。
 アキコはあれから一日程は床に就いていたが無事体調を取り戻し、いつものように店で働いていた。
「それで早速ランスまでの荷物運びを頼まれて、明日の明朝にはここを発ちます」
「そうですか。頑張って下さいね」
 カウンターへと近付き、ユウイチは明日にはフェザーンを発つ事をアキコに告げた。
「そう…もう行っちゃうんだね、ユウイチ…」
 ユウイチが明日にも出て行く事に、調理場で皿洗いをしていたナユキは手を休め、雲掛かった声で囁いた。まだ来て一週間も経っていないのにまた旅に出ちゃうなんてと、ナユキの心はまだユウイチにいて欲しい思いで一杯だった。
「仕方ないだろナユキ、これも仕事なんだし。まあ、ランスに届け終えればまた戻って来るんだから、そんなに寂しい顔するなよ」
「う〜ん、そうだけど…」
「それならナユキ、あなたがユウイチさんに付いて行けばいいんじゃない?」
 困り出しているナユキに、アキコが一つの案を出した。それはナユキがユウイチに同行すればいいという案であった。
「えっ、お母さん…。でもそうしたらお母さんが…」
「店の方は何とかなるわ。それにフェザーンのみんなもルビンスキー商会に対抗しようって動き出せば、ジャムの出番も減るわ…」
 母の身の心配をするナユキに、アキコは回りに聞こえない程度の小さい声でナユキに囁いた。
 この間の件でアキコはジャムの正体をユウイチ達には明かしたものの、まだフェザーンの人達には明かしていなかった。
「うん、分かったよお母さん。私、ユウイチに付いて行くよ」
「まあ、道中は野盗も出るって話だし、一人でも仲間は多い方がいいしな。そういう訳でナユキ、明日からよろしくな」
「うん!」
 こうしてナユキを新たな仲間に加え、翌日ユウイチは気分も新たにランスへと向かって行った。


…To Be Continued

※後書き

 今回は対アルジャーノン戦の決着を着けたという感じですね。何だかねこいらず使っただけでやたらと弱くなった鼠の群れですが、所詮は鼠という事で(笑)。
 それと今回は随分前から名前だけは出ていた薔薇の騎士ローゼンリッター連隊が、ようやく出て来たという感じですね。出て来たといってもまだシェーンコップさんはまだ登場しておりませんが、近い内に登場して来るでしょう。
 しかし今回、潤が殆ど蚊帳の外でしたね(笑)。まあ往人と行動を共にしている間は目立った活躍はしないでしょうが、その後は活躍の機会も増える事でしょう。
 さて次回は、未だ行方知れずの佐祐理さんと暫く出番のなかった舞が登場して来ると思います。この二人が以後どんな活躍をするのか楽しみにしていて下さい。

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